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西川純講演「『学び合い』は簡単!」感想記録

2010.03.05 Friday 19:48
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    P1020063P1020063 posted by (C)あべたか


    <学び合いを簡単に言うと>


      「今日は教科書P○からP○まで全部分かるようになってね」というのを教師が10分ぐらい話す。そして最後に「できた人」「今日みんなのために全力を出せた人」というのを聞いて終わり。というような授業。
     これを徹頭徹尾1年続ける。これをすると学力が上がり,クラスの人間関係が良好になる。とても簡単。

    <「学び合い」に対する抵抗>


     特に1年生の担任の抵抗が大きい。「1年生に子どもたちだけでまなびあうことなんかできるわけないじゃないか」と。これができるというのが今回の講演で話したい。
     簡単に言うと,1年生を焼き肉屋に連れて行くイメージ。食べ方はどうあれ,食べると思う。それは,食べることが嫌いな子はいないとということ。食べ方はともかく,食べることは好きだから食べる。学び合いも同じ。子どもたちは学となれば学ぶ。子どもはよくできるのだが,先生がさせることができない。

    <「学び合い」を教師はどのように取り入れていくか>


     第1段階
    「学び合い」をすることに教師はとても不安

     第2段階
    机間巡視をするが,立ち止まりながら机間巡視をする。「できていない子」「分からない子」ができるように,分かるようになるのか不安に思っている。

     第3段階
     それを超えるために手をかけてみても子どもは変わらないと言うことを理解する。動かすべき子は手のかかる子の方ではなく,教師の意図を汲み取り動く子だということを理解する。そうすると教師は立っているだけでよい。(子どもたちは教師の姿をちらちらと見ている。やんちゃな子ほど見ている)

     第4段階
    集中しているときの学び合いとそうでないときの学び合いの状態が分かる。集中しているときの学び合いはざわめいているのだがどこか心地よくトーンが低い。遊んでいるような状態の時はトーンが高く,うるさい。この違いも聞き分けられるようになる。

    <学び合いをやっている1年生の様子>


     ※学び合いを初めて取り入れた1年生の授業風景のVTRを見せて頂きました。特別支援学級に通っているお子さんも一人いるクラスでした。
     その授業を参観していた西川先生が担任の先生にしたアドバイスは3つあったそうです。

     (1) 授業の最初の語りをしっかりと行って下さい。
       実際には次のような話を担任の先生はしておられました。
    「先生はこれから算数を教えません」
    「どうしてかというと先生が一人では教えるのが大変だからです」
    「みんなの中に教える人が上手な人がいっぱいいます」
        (後略)
    詳しくはhttp://www004.upp.so-net.ne.jp/iamjun/index0/index2.htmlのサイトから「学び合いの手引き書」というものをダウンロードすると教師がはじめの語りをどうしたらよいかと言うことが具体的に書かれています。

     このビデオの学校では他の学年では「学び合い」をしているようで,先生が「学び合い」を行っていく旨を伝えると「ああ知ってる!」「普段はあっちの人と勉強できないけどあっちに行っても勉強できるんだ」等の声が上がっていました。また,西川先生はこの最初の語りをきちんとしてほしいということと,授業開きの時に一度行うだけでいいということも解説して下さいました。

     (2) 教師の視点は個ではなく,全体。全体を見ていい動きをしている子を見つけほめて行かなくてはいけない。
    ビデオの学級では「学び合い」の初期段階の先生(子どもたちではなく先生)なので,子どもたちがきちんとできるか心配している。特に授業に立ち会っている特別支援の担任の先生は特別支援の子がきちんとできないのではないかと常にその子に視線を向けている。
     大事なのは「その先生の姿」を子どもたちも見ているということ。すると,周りの子どもも特別支援の子やできない子が先生の手の中にあるのだと思ってしまう。近寄ってはいけないオーラのようなものも出してしまう。
     西川先生はこの場面を参観していて次のように思ったそうです。
      「控えてはいかがでしょうか」
     個別指導をするのではなく,「みんなができるために何ができるかな」「〜君すごいね」という声がけをしてほしい。教師が個別指導をしようとすると下を向いてしまう。下を向くのではなく,全体を見てほしい。
    「学び合い」初期の先生は子どもができているか,理解しているかチェックして指導してしまう。そうすると下を向くことになる。個別指導をすることは悪いことである。「全員ができるようになろう」とする動きを教師が分断してしまう。教師は全体が進むためにどうするのかを考えてほしい。
    授業のVTRでも,担任の先生が次のような言葉を書けると,子どもたちの動きが出てきて,教え始める子が出てきた。
     ・「全員ができるようになるんだよ。」
     ・「〜が終わったの。すごいね。」
     ・「〜ができたんだよね。」
     教師の声がけの仕方が変わるだけで子どもたちの動きが活性化するのが分かった。子どもが教え始めたときなど,個ではなく,全体を見守る中で,言い動きをしている子や,動きの変わった子などを見つけてほめてほしいと西川先生は解説しておられた。

     (3) 最後のまとめ
     VTRでは,残りの時間が少なくなった場面。子どもたちからは「教えてほしい人いますか?」「質問はありませんか?」の声が多くなる。
     最後のまとめは「何が分かった?」ではなく,「みんなのために何ができた?」と聞いてほしいと西川先生が解説して下さった。。
    VTRの先生のまとめの指導言は以下の通り。
     T「今日の課題は全員が○ページの課題ができるようになるとうことでした。」
     T「できた人手をあげてみよう。」
     T「全員できたんですね」
     T「学び合いは自分だけ一人ができたっていうんじゃないんだよね。教えたり,教え合ったりしていくことが大事なんですよね。『誰か教えて』とか,『じゃあ教えてあげるよ』って言ってくれた人」 
       C「どっちも」などの声
    T「今手を上げている人は立って下さい。」(多くの子が立つ)
    T「大事なのは,分からないときは教えてもらって,分からない人がいれば,教えてあげるのが大事なんだよね。今よく見ると,座っている人がいます。今度はみんなができるといいね。」
     最後に,担任が子どものノートを点検している。その列に並んでいる子どもたちが大きな声でその日に学んだ問題や式,答えを言い合っている。


    <「学び合い」を続けた教師の変容>


    次に,その先生の1月(約2ヶ月後)の授業のVTRを見せて頂く。その先生がどう変わったかという視点でお話しして下さった。
     VTRの先生は子どもたちに次のように語っている。
      「学び合いって,自分だけができる勉強じゃないんだよね。自分だけ,どんどんできる勉強じゃないんだよね。そのためには,人のためにできることを考えるのが大事。昨日見ていたら○○さんが,△△さんに教えてくれていた。それがすごくうれしかった。もっとうれしかったのは,○○さんができたことを一緒に喜んでいるってこと。勉強でどんどん進んでいる人もいる。でも,自分だけでやる勉強なら,家でもできる。学校に来なくてもできる。」  

    「学び合い」の教師は細かいところをそんなに言わなくてもよい。しかし,子どもたちにきちんと“語れる”かどうかというのが力量。
     学び合い導入直後のVTRの様子と比べてVTRの先生に次のような変化がある。
      ・最初の語りが短くなり,落ち着いて語っている。
      ・課題もシャープで分かりやすいものになっている。(その日の課題は「みんなが『算数ノート』P.31・P32の問題を解いて5人の人に説明する」だった)
      ・個を見るのではなく,集団を見て,どうアクションをかけるか考えている。
       (たとえば,対立関係にあった子どもがよりあった瞬間,それを価値付けや可視化していく)

    <西川先生のライフヒストリー> 


     「学び合い」は簡単で,修行が必要なものではない。しかし,教師が子どもたちができるという安心を得て,子どもたちを安心して見ていられるようになると簡単になる。
     「学び合い」の基本は「学力も人間性(の育成)も一人も見捨てないで」ということ。そうすると,先生一人が教えてもダメ。子どもたちには対話も時間も必要。子どもたち全員に教師ができない対話を子どもたち同士でできるということにこだわる。
     「学び合い」の原体験はオール1の暴走族の子に物理を教えるというところだった。この子たちに席に着かせて,話をすると言うのはおもしろい話やおもしろい実験を用意しなくてはいけない。カリスマ性を出せば,暴走族の子も20分ぐらいは静かにさせることができる。そして,集団の様子やその中のポイントの子が分かると,ある程度集団を動かすことができた。
     しかし,その時いじめが起きていた。教師自身が自分の「力」(力量)を感じていたころであった。その頃の授業は「鵜飼い型の授業」であった。担任と子どもたちの関係だけのネットワークが強すぎた。子どもたち同士のネットワークが成立していなかった。
     そのとき,「教師がいなくても,集団として成り立っていかなくてはいけない」と感じた。
     そして,はじめは「教え方」の研究をした。ある発問を使えば平均で10〜18%ぐらいの向上させることができるということが分かった。しかし,全員を分からせることはできなかった。なぜならば,学習内容に対する「誤解」が一人一人違うから。それでも,絶対に一人も見捨てたくないと思っていた。
     その中で見つけたのが「学び合い」である。現状の授業の中で,教師の働きかけを削ると言うことを考えていった。教師の働きかけを最小限に削っていって最後に残ったのは「人の道を語れる」「学習指導要領に書かれていることを達成すること」「子どもたちの学びを評価する」ということであった。この結論から「学び合い」が生まれた。
     授業をして「何人かは見捨ててもいい」というならば発問の研究をしていけばいい。でも,私は一人も見捨てたくない。

    <授業記録をさせて頂いて>


     最後の部分の西川先生の「私は一人も見捨てたくない」という言葉がビンと心に響きました。私の経験からも,そのときに取り得るどんな手を尽くしてもなかなか結果が出ない子がたくさんいました。その子たちに「見捨てたくない」と思ってもどうにもならないもどかしさを感じてここまで来ていました。西川先生の最後のこのメッセージは明日から「学び合い」をやってみようという気にさせるのに十分すぎるほどの熱いメッセージでした。 また,学び合いについて何となく「やり方」としては知っていました。今回の講演をお聞きして「学び合い」の「考え方」や「教師の役割」について知ることができたのは和tくしにとって非常に大きな学となりました。講演が終わって次の月曜日,早速教室でやってみました。3日も続けてみると,子どもたち勉強をしようという意欲が変わり,子どもたち同士のつながりがつながっていく様子が見られました。今後も,「学び合い」について勉強していきたいと思います。

                      (文責:東北青年塾 和賀)


    「第15回東北青年塾 記録」目次

    1. 西川純講演「『学び合い』は簡単!」
    2. ポスター発表

    3. 阿部隆幸「模擬授業」
    4. ワークショップ「『学び合い』を深く理解しよう」
    5. 参加者アンケート

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